令和3年度の活動

開催日集合時間内容プログラム
4月25日(日)10:00総会 
5月30日(日)13:30志木のまちご案内野火止用水と引又宿をたずねて
6月27日(日)上宗岡の社寺めぐり
(雨天のため10/31に延期)
7月25日(日)9:30お宝発見講座②志木駅の景観と市境
9月26日(日)9:30お宝発見講座③引又町の街並
(緊急事態宣言のため中止)
10月31日(日)9:30お宝発見講座④上宗岡の寺社めぐり
11月28日(日)9:30お宝発見講座⑤旧河川跡と市境を歩く
12月19日(日)9:30お宝発見講座⑥志木のお地蔵さんめぐり
1月30日(日)9:30市内研修小字名の由来は
地形にあった
(大ハケ・小ハケ・東原)
2月20日(日)13:30志木のまちご案内宝幢寺の観梅とカッパ伝説
3月20日(日)終日市外研修浅草・花川戸近辺
(仮)

《令和3年度 活動報告》

令和4年 2月20日(日)
◆志木のまちご案内◆
宝幢寺の観梅とカッパ伝説

  コロナ禍で開催が危ぶまれましたが、私たちの願いが叶って楽しいひと時を過ごすことができました。
古木の梅花を観ながらほのかな香りを味わい、宝幢寺の由来や正式な名称、なかなか見ることができない庫裏にある小林正路画伯の襖絵を鑑賞しました。
宝幢寺に伝わる民話の紹介では、民俗学創始者の柳田国男によって『山島民譚集』に掲載されたとの話を聞き、歴史的な出来事を感じましたし、江戸時代に刊行された『寓意草』の原文語りを交えて『和尚に助けられた河童』が、紙芝居で初披露された時には驚嘆の声が上がりました。
この紙芝居は地元の切り絵作家の毛利さんです。その一部を写真で紹介しますので、楽しく吸い込まれる表現をご堪能ください。
紙芝居
『和尚に助けられた河童』の紙芝居
 
境内の巨樹の紹介では、昭和時代に調査した、志木市内に存在する巨木の番付表も披露され、東の横綱である宝幢寺のケヤキが紹介され、横綱以外の境内に聳える巨樹も見て回り、耳を押し付けて水を吸い上げる音に命の息吹を感じた人もいました。
明治時代に植えられたヒマラヤスギの太さには圧倒されました。
今回は、宝幢寺のみでのご案内でしたが、時間をかけてゆっくりと掘り下げて説明する趣向の良さを感じ取れたものでしたし、楽しく過ごせたことに感謝です、参加された皆さんお疲れ様でした。
宝幢寺の梅
宝幢寺の梅
 

[報告/写真=吉田善二]
 
 

令和3年 12月19日(日)
◆お宝発見講座 ⑥◆
志木のお地蔵さん

当日はずいぶん冷え込む中8名の参加を得て、会員メンバーと一緒にお地蔵さん巡りと周辺のお宝を訪ねました。
初めは中道子育て地蔵。
正徳5年(1715)に建立された志木の3地蔵尊一つで、当時流行ったという疫病の退散と亡くなった子供たちの供養と云われます。当時流れていた野火止用水の分水の傍らに建てられました。
次は大塚延命地蔵です。
これも正徳5年建立の3地蔵尊一つ。道路工事などにより場所を移動し、当初よりも小振りなお姿になっています。ここにも野火止用水の分水がありました。
ニュータウン方向に向かって昔はもっと急な崖になっており、近くには水車がありました。
大山講の碑と馬頭観音に立ち寄り、千手堂に向かいました。
千手堂の地にはかつて大きなお寺があったと云われています。近年まで行われていた百万遍という念仏講や天井の絵の由来、墓地にある6体のお地蔵さんが並んだ六地蔵と十三仏について説明がありました。
志木では珍しい道祖神を見て、行屋稲荷に向かいました。
途中で金網の柵に仕切られた野火止用水分水の跡を見ました。行屋稲荷にある六角形の柱に六地蔵が彫られた庚申塔は市指定文化財です。
次は宝幢寺。
山門に至る十字路に志木では最も大きい馬頭観音が建っています。
宝幢寺は正式には地王山地蔵院宝幢寺といい、本尊は地蔵尊ですが秘仏とされていますので拝観することはできません。これにまつわる面白い伝説も披露されました。
ここにも線刻六地蔵と十三仏があります。
最後は東明寺。
普段は人がおらず宝幢寺で管理しているのですが、このようなお寺はたくさんあるとのこと。小さなお寺ですが市場に所在しており志木(引又)の草分けである苗字の方や井下田家のお墓があります。東上線開通に尽力されたことに因むという井下田慶十郎氏の戒名「交通院慶運東上居士」やここにも六地蔵が祀られているとの説明がありました。
「蟇俣」銘のある庚申供養地蔵は市指定文化財で、これをもとに「ヒキマタ」の由来や表記について説明がありました。
もう一つの正徳5年の3地蔵尊である西川延命地蔵は、諸般の事情から現地には赴かず資料での説明でした。
東明寺にて予定通りお昼前に解散しましたが、朝の冷え込みからだいぶ気温も上がり、皆さんと和気あいあい楽しくお地蔵さん巡りをすることが出来ました。
立派なお姿のお地蔵さんや六地蔵など、随分あちこちにお祀りされています。
[報告=鈴木民雄]
 
 

令和3年 11月28日(日)
◆お宝発見講座 ⑤◆
 
旧河川と市境を歩く

 参加者は4名ながらも、会員メンバーと一緒に旧河川跡をたどり、入り組んだ志木市柏町と富士見市水谷東の市境を歩き、最後は宗岡閘門の在りし日の姿を偲びました。
 市役所の建替工事進行中、市役所駐車場には立ち入れないことから、いろは樋モニュメント前に集合しました。
いろは樋モニュメント前
いろは樋モニュメント前
 
旧柳瀬川
いろは保育園脇の旧柳瀬川の流れ
 
いろは保育園の坂を下り市営住宅裏の石造物(味場の観音様)に立ち寄り。志木の杜公園の旧柳瀬川河川跡をたどり、水子道に繋がる橋を渡って柳瀬川堤防に。旧河川跡らしい地形はありますが、かつてはこのように流れていたかと想像するのみです。
味場の観音様
味場の観音様
 
富士見市との間で市域の変更が行われたことも紹介されました。高橋の謂れについて志木市と富士見市では異なっているということです。事実があったとして、異なって伝わることがあるという事例の一つです。
柏町1丁目・2丁目と富士見市水谷東地区は非常に入り組んでいて、住居表示やマンホール蓋でようやくわかるのみです。
旧柳瀬川河川跡は跡形もなくまったく一連の土地になっていますが、市境は旧河川に沿っていることによるものです。生活上では市境に関係なく自治会が運営され、また非常時避難なども市をまたいで現実的な措置がとられていることも紹介されました。
なお、柳瀬川児童公園ではブロックで市境がわかるところがあり興味深い。
これも旧河川跡に関係する市役所北側の道を行き、新河岸川堤防に出ると、お地蔵様と思われる石仏があります。
この石仏は市史資料編石造遺物に掲載されておらず、お宝発見講座でも初めての紹介でした。
本日コースの終点は、いろは橋を渡って左岸側橋下の広場。新河岸川河川改修前と後を比較しました。
改修前後の地図によりイメージし、洗堰・宗岡閘門の写真などにより、かつての姿を偲びました。
かつての水路
曲がりくねっていたかつての水路
 
かつての川辺
かつての川辺のようす
 
現在の柳瀬川
現在の柳瀬川(高橋から富士山を望む)
 
残念ながら参加者多くありませんでしたが、会員と一緒に和気あいあい歩くことが出来ました。
市域変更や市境にかかわらず自治会運営されていることなど生活上のことにも触れられ、初めての石仏や宗岡閘門のことなど実り多い会となりました。
説明の神田さん、新田さん、深瀬さんありがとうございました。
[報告=鈴木/写真=毛利]
 
 

令和3年 10月31日(日)
 
◆お宝発見講座 ④◆
上宗岡の寺社めぐり

肌寒い曇り空でしたが、11名の方に参加いただき、実施しました。
総合福祉センターをスタートし、もと県道に架かっていたという石造の開化橋(一名 むじな橋)を見て、次に道興准后の歌碑に。
これにより宗岡地区が古くから史実に登場したことがわかります。
上ノ氷川神社(宿ノ氷川神社)では、総代の志村さん他に拝殿を開けていただきました。会員の神田さんの蘊蓄を傾けた説明に感心。摂社の出世稲荷では市の資料にも載っていない大六天を見ることが出来ました。千光寺は市内でも最も古く創建された寺院ので、市指定文化財の鰐口を拝観させていただきました。
宗岡惣囲堤(そうかこいつつみ)をなす佃堤が今も一部が残っており、ここで見られます。また、この辺はかつて新河岸川が袋状に屈曲していたところで「乗越」という小字があったことが図で説明され、当時の様子を偲びました。大仙寺に向かう道は鎌倉街道の名残りということです。
現在、254号線バイパスの工事中であり、そのうちにすっかり様子は変わってしまうことでしょう。
吉田胎内を開いた日行星山碑では、ご子孫の星野さんにお越しいただきました。
終点は浅間神社と羽根倉富士嶽。会員の深瀬さんから懇切丁寧な説明がありました。
浅間神社は源頼朝に因む伝承のある古い創建の神社で、これまで四度も遷座(移転)を繰り返したとのこと。
近くは荒川の改修や浦所バイパス工事によって移転を余儀なくされ、そのたびに富士嶽ともども再建されました。
総代の関根さんに、普段は見られない拝殿の絵馬を拝観させていただきました。
富士嶽には様々な石碑が建っていますが、その中で珍しい蚕機神の碑があります。明治時代の一時期、宗岡地区で機織りが盛んであったことの証です。
途中ポツポツ小雨もありましたが、予定の全コースを巡ることが出来ました。
皆様、長丁場お疲れさまでした。先導の若尾さん、説明の神田さん、深瀬さんありがとうございました。
[報告=鈴木・写真=鈴木/吉田]
 
むじな橋
開化橋(むじな橋)
 
上ノ氷川神社
上ノ氷川神社 鳥居前
 
上ノ氷川神社
上ノ氷川神社 出世稲荷
 
大仙寺
大仙寺
 
羽根倉富士嶽
お疲れさまでした!
〜羽根倉富士嶽にて〜
 

令和3年 7月25日(日)
 
◆お宝発見講座②◆
志木駅の景観と市境

7月25日(日)《お宝発見講座②》として、「志木駅の景観と市境」を開催しました。
当日は猛暑の中でしたが、4名の方に参加いただきました。
今回はゆっくり時間をかけて志木駅を一巡り。
東口広場から、ペデストリアンデッキ、志木街道のアンダーパスを新座市側へ、そして東口広場に戻ります。
 
白井武左衛門  下ノ氷川神社
志木駅東口 井下田家の前   内田栄信氏制作のカッパ像    
 
志木駅は志木市域にはない不思議、東上線開通当時の様子、現在は井下田家の中にある東上稲荷を垣間見、東口広場の新座市との複雑な市境を実見しました。
ペデストリアンデッキでは、東口広場整備の経緯、池田要氏による切り絵、関根伸夫氏によるモニュメントを紹介し、現代のお宝を堪能しました。広場とロータリーに内田栄信氏による親しみのあるカッパ像が見られます。
  
下ノ氷川神社  下ノ氷川神社
ペデストリアンデッキで   新座市との市境の説明
  
アンダーパスでは市内小中学生の描いた素敵な絵が楽しませてくれます。
アンダーパスの出口付近は野火止用水が本町方面の本流と幸町方面、柏町方面に分岐したところ。こちら側も市境は入り組んでおり、マンホールの蓋の図柄が変わることやビルの住居表示で実感しました。
 
下ノ氷川神社  下ノ氷川神社
志木と新座の入り組んだ市境   アンダーパスの出口付近
  
改札口の中にはかわいい「まねきがっぱ」赤い座布団にお座りしているのを見て本日のフィナーレ。
東口広場に戻って解散しましたが、いつもとはちょっと趣向を違え、現代のお宝を発見した講座でした。
下ノ氷川神社
東口広場に戻ってきました
  
それほどのカンカン照りではなかったものの、やはり暑い。お疲れさまでした。
(報告=鈴木・写真=新田)

 

令和3年 5月30日(日)
 
◆志木のまちご案内◆
野火止用水と引又宿をたずねて

白井武左衛門  下ノ氷川神社
志木駅前 井下田翁碑付近   上の水車跡    
 
5月30日(日)《志木のまちご案内》として「野火止用水と引又宿をたずねて」を開催しました。
まん延防止特別措置の中で参加人数を絞って募集し、7名の方に参加いただきました。
駅前広場集合。先ず東上線開通に尽力された井下田翁の碑を訪ね、それから野火止用水流れの跡をたどりながら、用水に掛けられた水車や引又宿の繁栄の様子をお話しました。
  
下ノ氷川神社
朝日屋原薬局前で
  
国の登録有形文化財である朝日屋薬局では原様のご厚意により洋館の前に入れていただき、つぶさに拝見することが出来ました。
市場坂上交差点にある旧西川家潜り門を見て、次にいろは樋モニュメント(ジオラマ)と明治時代の現物の大桝両方を訪ね、両方を対比することにより一層興味が喚起されたようでした。
旧村山快哉堂裏の広場の対岸はかつての引又河岸のあったところですが、対岸を見ながら新河岸川舟運ついてお話し思いをはせました。(報告・写真=鈴木)

 

《令和2年度 活動報告》

令和3年 3月7日(日)
 
◆志木のまちご案内◆
下宗岡の志木市指定文化財と白井武左衛門の足跡を歩く

白井武左衛門  下ノ氷川神社
白井武左衛門「供養塔」   下ノ氷川神社「絵馬」
 
3月7日(日)《志木のまちご案内》として
「下宗岡の志木市指定文化財と白井武左衛門の足跡を歩く」を開催したところ、13人の方に参加いただきました。
「総囲堤」や「いろは樋」を作って宗岡地区が水に強く、また日照りにも強い村作りをした白井武左衛門に感謝する「供養塔」を見たり、下ノ氷川神社では総代さんに拝殿を開けていただき、普段見られない「絵馬」を見ることができ、驚きと感動の連続でした。
私たちが住んでいる志木市には、「隠れたお宝」がいっぱいあります。
次の機会には、是非ご参加ください。
 

令和2年12月13日(日)
市内研修「志木のお囃子見学」

◆ 市内研修「志木のお囃子見学」◆
12月13日(日)9:30〜
宗岡天神社社務所にて、宗岡宿組のお囃子のお話しと、
実演を見学させて頂きました。
興味深いお話しと、迫力満点の実演を堪能いたしました。(ST)
 

令和2年11月15日(日)
古地図で歩く「柏の城」附近

◆シリーズ◆志木のまち「お宝発見講座」◆
やっと開催できたました。今年度初のご案内です
 
引又  引又
案内人も参加者も、とてもはりきって
楽しい会となりました。
おっとっと、密は避けて、、

【日時】2020年11月15日(日)13時30分〜16時
【コース】
不動坂と行屋稲荷 〜 舘氷川神社の野火止用水 〜 古地図から見える「柏の城」のあらまし)〜 城山八幡社 〜 城山貝塚 〜 大堀跡 〜 長勝院伝説と遠望風景 〜 チョウショウインハタザクラとカッパ
【共催】志木のまち案内人の会 いろは遊学館
 

《広報しき10月号から歴史さんぽの連載が始まりました》

◆志木市歴史さんぽ◆第1回◆
 
引又
広報しき 令和2年10月号より
 
志木のことをもっと知り、もっと好きになってもらえるよう
当会の会員が交代で執筆することになりました。
さんぽのついでに、ぜひ訪れてみてください。
志木の新しい魅力を発見してください。